天然真珠のネックレス

司馬遼太郎氏の  “木曜島の夜会” という本を読んだ。父の所有する氏の歴史本は自宅に沢山あるけれど、恥ずかしながらかつて一度も興味を持って読んだことがない。この本はふとその “タイトル” に惹かれ偶然手にしたのだ。

木曜島というのは “遠くオーストラリア大陸の北端にポツリと浮かぶ、荒涼とした小島” らしいが、何と1800年代後半に多くの日本人が白蝶貝を採取するダイヴァーとしてイギリス人などに雇われ日本から遠く離れたこの島にやって来たといい、そのエピソードが書かれていた。

Frangipani Jewellery by Mari Kato

実は以前に150年程前につくられた天然真珠のネックレスをピストイアの裕福な家族から師である Giovanni が譲り受け、わたくしのお客様のネックレスとしてリメイクした事がある。Giovanni が繰り返し “こういう素材は二度と手に入らないから” と言っていた事にしばし想いを馳せることになった。

今の時代、天然真珠は養殖真珠と同義語。つまり市販されている殆どのものは養殖真珠であり、人口の核を入れる以外は自然の営みを利用して出来るものなので “ほぼ天然” という事で分類する必要性があまりないのだろうが、その昔、まだ養殖技術がなかった頃、本当の意味での天然真珠はその稀少性ゆえにダイヤモンドより遥かに高価な宝石として扱われていた。

二枚貝が餌を取るとき、水と一緒に偶然入り込んだ有害物質を外に排出できなかった場合の防御手段として、その物質をコンキオリンという硬タンパク質で包み込んでいく過程で真珠層を形成し、長い長い時を経てやがて小さな真珠の誕生となる。自然の営みの中で奇跡のような偶然がうみだすもの、それが天然真珠の本来の定義 (姿) である。(ちなみにイタリア語で貝はコンキリアという)

Frangipani Jewellery by Mari Kato

そしてこの本を通じて知った養殖真珠以前の白蝶貝採取の様子、宇宙服のような潜水服を纏い、酸素ボンベのない時代は船から人力ポンプで空気を送っていたというからまさに命懸けのお仕事だったに違いない。

Giovanni と一緒につくったネックレスはまさにこの稀少な天然真珠をつかったものであり、Giovanni の言葉の意味をより深く理解する事となり益々思い入れは深まるばかりである。

フィレンツェの街を歩いていると、思わず目を奪われてしまう程のご婦人に遭遇する事がある。凛として、そのシンプルでエレガントな装いに必ずと言ってよいほど真珠のネックレスを身につけている。しかもそれはおそらくずっと家族で受け継がれてきたであろうクラシカルな真珠のネックレスなのだ。

憧れのスタイル。。